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東京高等裁判所 平成6年(う)321号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

平成五年一一月一九日付け追起訴状記載の公訴事実につき、被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は弁護人今村核が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は検察官鶴田政純が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  原判示第一の窃盗未遂に関する事実誤認の主張(控訴趣意第二の一)について

論旨は要するに、原判決は、原判示第一の事実として、被告人が、原審分離前の相被告人Yと共謀の上、平成五年一〇月七日午後一一時八分ころ、東京都中央区内を進行中の地下鉄半蔵門線の電車内で、仮眠中のKから金品をすり取ろうとしたが、その目的を遂げなかった、旨認定しているが、窃盗の実行の着手がなかったし、仮にそれがあったとしても被告人が右Yとの間で窃盗を共謀したことがなかったから、被告人は無罪であり、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで検討すると、以下に述べるとおり、原判決が掲げる関係証拠によれば、窃盗の実行の着手があったこと及び被告人とYとの間で窃盗の共謀があったことを含め、原判示第一の窃盗未遂の事実を優に認めることができ、当審における事実取調べの結果によってもこの結論は変わらない。

まず、実行の着手の点については、本件すりの検挙に当たった警視庁巡査Mが、原審で証人として次のように供述している。すなわち、同人は、電車の三両目の右側最前部の座席に座って、二両目の左側最前部の座席に被害者と並んで座っていたYの動きをガラス越しに見ていたところ、Yが被害者の右胸の方に右手を伸ばしたので、立ち上がって駆け足で近寄った、走りながらYらのいる車両に入った所でYの手が被害者の背広の右内懐内に入ったのを見た、さらに同車両真ん中辺りで手首の付け根付近まで入ったのを見たが、その直後にYがこちらに気付いて右手を抜いた、というのである。Mは、すり検挙のベテラン刑事であると認められる上、その供述内容は明確かつ具体的であり、本件の目撃状況に関する証言の信用性は高いということができる。所論は、車両内を走り寄って来るMにYが間近になるまで気がつかなかったというのは不自然であるなどとして、同証言の信用性を争うけれども、Y自身はすりの実行に注意を集中し、見張り役の被告人は後述するように後方への警戒を終え前方を注意していた様子が窺えることに照らすと、必ずしも不自然とはいえない。なお、Yは、捜査段階から原審公判を通じてすりの意思も実行もなかったと否認していたが、有罪判決を受け控訴せずに服役しているところ、当審公判では証人として、すりの意思はあったが実行には着手していない旨供述を変更している。右のY供述のうち実行の着手を否定する部分は、前記M証言と対比して信用することができないし、当審ですりの意思を認めたことはかえってM証言の信用性を増すものと評価すべきである。

次に、窃盗の共謀の点については、M証言によれば、同人が被告人をすりの共犯者であると認めたのは、〈1〉駅のホームで警戒中、入線してきた電車の二両目にYと被告人を発見した際、Yが離れた向かい側の席に座っていた被告人に何か話しかけているように見えたこと、〈2〉その後、車内で、Yがあごをしゃくりあげたのに応じて、被告人が立ち上がってYと同じ側の座席に座り、新聞紙を広げて後方からのYへの視線を遮ったこと、〈3〉しばらくして被告人が車両の前方に向かって歩き出したが、後方への警戒が終わって前の車両方向への警戒に行ったものと思われたことによるものと考えられる。これらの被告人及びYの各動きに関するMの証言内容は具体的で迫真性があり、また、その動きから両者の意思の連絡を感じ取った旨の証言内容も、合理的で納得のいくものである。ことに、〈2〉の被告人がすりの実行におけるいわゆる幕としての見張り役を演じた点は、被告人とYとの共謀を認める決定的な理由になると考えられる。ところで、被告人は逮捕直後に作成された警察官調書において、Yの手助けをして分け前に与りたいという気持ちから一緒に電車に乗って来て、本件現場で新聞紙を広げて三両目に多少いた客からYが見えないよう幕を作った旨述べていたところ、その後の検察官調書ではYを知らないし、すりを共謀したことも全くない、と否認に転じ、原審公判でも同旨の供述をしていたが、当審公判で再度供述を変更し、Yは顔見知りであり、本件当日電車内で酔客の隣に座っているYを見かけ、ひょっとしたらすりのおこぼれに与れるかも知れないという卑しい気持ちを抱いた、と述べるに至っている。他方、Yも、原審公判では、すりの意思や実行のみならず、被告人との面識や共謀もすべて否認していたが、当審公判では、前述のようにすりの意思を認めたほか、被告人とは半蔵門線で何回か会い、すりの同業者でないかという気持ちを持っていた、本件でも同業者だから邪魔をしないだろうと思っていた、と被告人にかなり不利な証言をするに至っている。これらの被告人及びYの各供述の内容とその変遷状況に、前記M証言を総合して考慮すると、Yと被告人は電車内で見つけた仮眠中の被害者からすりを行おうと互いに意思を通じ合い、被告人が幕の役を務め、その間にYがすりの実行に着手した、と認めることができるから、両者の間ですりの共謀があったことは明らかというべきである。

以上のとおり、原判示第一の窃盗未遂に関する原判決の認定を疑わせるような事情は見いだせず、原判決には所論の事実誤認はない。論旨は理由がない。

二  原判示第二の窃盗未遂、同第三の脅迫に関する事実誤認の主張(控訴趣意第二の二)について

1  はじめに

論旨は要するに、原判決は、平成五年一一月一九日付け追起訴状記載の公訴事実、すなわち、被告人が同年五月三〇日、地下鉄半蔵門線の水天宮前駅に停車中の電車内で、仮眠中のTから金品をすり取ろうとしたが、その目的を遂げなかったとの事実(原判示第二。以下「第二」という。)及び氏名不詳の男と共謀の上、同年六月二六日、水天宮前駅構内の便所内で、右Tを脅迫したとの事実(同第三。以下「第三」という。)について、被告人をいずれも有罪としたが、右各事実については、被告人はいずれも犯人でなく無罪であるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

ところで、右の窃盗未遂及び脅迫については、両犯行の被害者であるTが犯人はいずれも被告人であると原審、当審各公判を通じて証言し、他方、被告人は、捜査段階から一貫して自分は犯人でないと否認している上、当審公判に至り、第二の窃盗未遂にはアリバイがあり、第三の脅迫は原判示第一(以下「第一」という。)の窃盗未遂の共犯者とされているYが真犯人であると弁解している。所論は、T証言の信用性をるる争い、被告人供述こそ信用できるものであると主張しているので、以下では、T証言、被告人供述の各信用性を順に検討していくことにする。

2  T証言の信用性

Tの原審及び当審各公判での証言の内容は、概略次のとおりである。

(一)  自分は、都内日本橋人形町に居住する学生で、文京区白山にある東洋大学に通っている。通学には地下鉄を利用しており、自宅近くの営団半蔵門線の水天宮前駅で乗車し、三つ目の神保町駅で都営三田線に乗り換え、白山駅で降車している。大学ではテニスのサークルに所属し、本件当時は、毎月の最終土曜日に部会があってこれに出席し、その後飲み会にも参加して、夜の遅い電車で帰宅していた。そして、平成五年の五月と六月の各部会の帰りに、第二及び第三の各被害に遭ったものである。

(二)  平成五年五月二九日の土曜日も、部会とその後の飲み会に出て、地下鉄で帰宅したが、半蔵門線の終点である水天宮前駅に到着したのは、三〇日の午前零時ころになっていた。すぐに降車せずしばらく車内の座席で目をつむって休んでいると、右隣に人が座り、自分の右手首に掛けていたセカンドバッグのチャックを開けたので、その犯人の手をつかみ、車外に引っ張って出た。そして、ホーム上で、おまえすりじゃないか、と問い質したが否認され、さらに、警察へ行こうと言ったのに対し、証拠もないのにすり呼ばわりするなら人権侵害で訴えてやると返答されたため、諦めて犯人の手を放した。犯人と顔を合わせていた時間は、二、三分くらいであった。

(三)  同年六月二六日の土曜日、部会と飲み会を終えて帰宅途中の午後一一時三〇分ころ、水天宮前駅で降車するときに、二人の男から肩を叩かれて呼び止められ、駅構内の男子便所まで連れて行かれた。一人は、五月二九日のすりの犯人であり、もう一人は、顔が猿によく似た男だった。便所内の壁を背にして立たされ、犯人の男から「邪魔をするんじゃない。おまえみたいな若造にどうこうされる筋合いはない。俺は二〇年もやっているんだ。」と脅され、また、猿顔の男からナイフをかざされ「お前のホームグランドはどこだ。余計なことはするなよ。」と脅された。観念して、「分かりました。」と答えたら、二人は立ち去った。

(四)  猿顔の男は、最初の五月二九日のすり被害のときも、見掛けたと思う。というのは、その日水天宮前駅より一つ前の三越前駅辺りの車内で仮眠していたところを、誰かに肩を叩かれ、顔を上げると二人の男が遠ざかって行くのが見えた。その内の一人が水天宮前駅に着いたときのすりの犯人であり、もう一人が猿顔の男だったと思うのである。

そして、本件の二度の被害の間に、夜一一時過ぎの半蔵門線の電車内で犯人と猿顔の男が一緒にいるのを三回くらい見たし、また、第三の脅迫被害の後の一か月くらいの間にも、三回くらい犯人らの二人組を見掛けた。その二人組は、犯人と猿顔の男、犯人と別の男、猿顔と別の男の各組合せで、最後に見たのは犯人と猿顔の組合せだった。それらの時には、犯人らも自分が見ていることに気付いている様子だった。

(五)  犯人は、自分の背(一六七センチメートル)より三、四センチメートル低い、小太りでぼてっとした感じの五〇歳くらいの男で、髪を七、三に分けて、色の付いたサングラスを掛け、サラリーマン風で背広を着ていた。

なお、自分は外出時にはコンタクトを使用しており、そのときの視力は左右とも一・〇である。また、夜の地下鉄の電車内やホームは照明で昼間と同じように明るいし、水天宮前駅構内の便所も十分に明るかった。

(六)  平成五年一〇月一〇日、警察署に赴き、警察官から十数名の男の顔写真が貼られた写真台帳を見せられた。めくって行くと、後ろの方に犯人の写真があったので、すぐにこれですと警察官に示した。猿顔の男の写真もないかと思って探したが、見当たらなかった。後で名を教えられたYの写真も台帳の中にあって、見覚えがないかと尋ねられたが、覚えがなかったのでそう答えた。

それから一週間後に、警察署で、自分が犯人として選び出した写真の男の面通しがあり、容貌や体型からして犯人に間違いないと確認した。その男が被告人であった。

(七)  原審及び当審の各法廷で、改めて被告人を見て、確実に犯人と同一人物であると言い切ることができる。また、当審の法廷で、証人として出廷したYと対面し、同人にサングラスを掛けてもらったが、犯人と似ているとは思えないし、会ったことがないという記憶も変わらない。

以上のT証言と関係証拠を総合すれば、第二の窃盗未遂及び第三の脅迫の犯人が被告人であるとのT証言について、ことさら記憶に反して嘘を述べているのでないかと疑わせる点は見当たらない。そして、T証言による犯人の容貌等を被告人のそれと対比すると、次のような点でよく合致していることが分かる。すなわち、関係証拠によると、被告人は、身長一六一ないし一六二センチメートル、体重六九キログラムで、年齢は本件当時五三歳であり、髪を左側で分け、色付きの度の入った眼鏡を掛けていることが認められ、また、本件当時の服装はワイシャツにネクタイをした姿がほとんどで上着を着用することもあったというのであり(被告人の当審公判供述)、これらは、前記(五)のTの述べる犯人像と類似しているといえるのである。しかしながら、これだけの特徴で直ちに被告人が犯人であると即断するわけにはいかない。Tが犯人を観察しその像を記憶したことにつき、その観察や記憶が正確なものであったか否か、そして、後日Tが犯人を被告人であると選別していった過程で誤りが生じなかったか否かを慎重に検討していく必要がある。

まず、犯人観察の正確性という点で、各被害時の状況を見ると、正確性を肯定させる方向の事情が少なくない。すなわち、Tの視力は良好で、かつ、犯人を観察するのに十分な明るさがあったこと、各被害ともTにとっては非常に印象的な事柄であったこと、犯人と間近に対面して言葉まで交わしており、その時間も一瞥といった短いものではなく、数分間という相手をじっくり観察することのできる長さであったこと、一度ならず二度も同じ犯人による被害に遭っており、そのほかにも数回犯人を目撃していることの各事情は、Tが犯人を正確に観察し認識したであろうことを推認させるものである。これに対し、Tは夜遅くまで飲酒し帰宅途中に各被害に遭ったもので、ことに第二の窃盗未遂の際は仮眠していたほどであり、アルコールの酔いが観察能力を低減させたおそれが考えられる。また、第三の脅迫の被害時には、二人の男に脅されナイフまで示されたのであり、かなり畏怖したものと考えられ、それが観察の正確性をある程度損なった可能性も否定し難い。しかし、これらの観察に不利な事情と前述の観察の正確性を肯定させる方向の諸事情とを総合して考えると、Tの犯人観察の正確性はかなり高いということができるであろう。ただ、前記(五)のTの述べる犯人の各特徴は、それほど特異とはいえない平凡なものであるから、他と識別し銘記するという点において、観察の際にやや不利な要素になったことは否めない。実際に、Tは、もう一人の猿顔の男の印象が強烈であったのに対し、犯人の印象はそれほど強くなかったと、自認しているところである。

次に、Tの記憶の正確性について見ると、前述のように犯人の観察が正確であったことは記憶の正確性を支える重要な要素であるということができるが、他方で、観察後の時間の経過により記憶が減退し、変容していくことも否定できない。すなわち、Tが警察署で写真面割りに臨んだのは、第三の脅迫被害から三か月半余り後のことであり、最後の犯人目撃の時からでも二か月半余りが経過している。この三か月前後という時間経過の長さにかんがみると、Tが当初獲得した犯人像を果たしてその間正確に保持し続けることが可能であったか、むしろ犯人像はある程度希薄化し曖昧なものになっていたのでないか、という疑問が生じるのである。もっとも、当審取調べに係る司法巡査作成の「注意報告書」と題する書面の写しによれば、Tは、第三の脅迫の直後に最寄りの警察官派出所に被害の届出をし、犯人について、身長一六〇ないし一六五セントメートルくらいで小太り、髪が七、三で眼鏡を使用しており、五〇歳くらいの一見サラリーマン風の男である旨申告したことが認められ、これらの特徴については被害当時から写真面割りを経て法廷での証言に至るまで、ほぼ一貫した記憶を保持していたと認められる。しかし、前述のように、右の各特徴はそれほど特異とはいえない平凡なものであるから、それらを含む全体的な犯人像についてのTの記憶が、減退し、変容した可能性はやはり否定できないと考えられる。

さらに、Tが犯人は被告人と同一人物であると選別した状況について見ると、本件では最初に写真面割りの方法で選別が行われており、その過程で誤りを生じる可能性がなかった否かが問題となる。前記(六)からすると、Tは写真台帳を見てすぐに被告人の写真を選び出すとともにYの写真は知らないと述べているのであって、これによれば、Tは犯人をよく記憶していて、その選別に間違いはないと推測することが一応可能である。しかし、その選別過程を子細に検討してみると、次のような事情によりTが誤って被告人を犯人として選んだのではないかとの疑問は残ると思われる。

当審取調べに係る司法警察員作成の「被疑者写真台帳の作成について」と題する書面によれば、Tに示された写真台帳には被告人とYを含め一一名の顔写真が貼られており、それらを比べると、写っている人物の眼鏡着用の有無や眼鏡の種類に差異があることが認められる。すなわち、被告人を含む一〇名が眼鏡を掛けているのに対しYは眼鏡を掛けていないし、被告人の眼鏡は他の九名のそれらと違って色付きであることが分かるのである。そうすると、まずTが犯人の特徴として色の付いたサングラスを掛けていた点を挙げていること(前記(五))に着目すれば、同人は、被告人だけが色付きの眼鏡を掛けていることからその写真を犯人として選び出してしまった、という可能性がないとはいえない。次に、Tは、Yが眼鏡を掛けていなかったことからその写真を知らないと答えてしまったのではないか、という疑問があり、このことは、猿顔の男と一緒に第三の脅迫を行ったのは被告人ではなくYである旨被告人が弁解していることとの関連で見ると、看過できない問題点といえる。つまり、関係証拠によれば、Yは、身長一六四センチメートル、体重約七〇キログラムで、年齢は本件当時四五歳であり、髪はオールバックで分けてなく、薄茶色のサングラスを掛け、背広を着てネクタイをした姿で出掛けていたことが認められ、前記(五)のT証言による犯人像と比べると、年齢がやや若いことや髪を分けていない点が多少異なるけれども、なおかなりの特徴が重なり合っている。それゆえ、仮に写真台帳のYの写真が被告人と同じような色付きの眼鏡を掛けたものであったとすれば、これと被告人の写真とが案外よく似た印象を与えるものになっていたかも知れず、結局、Tは、写真台帳のYが眼鏡を掛けていなかったので被告人をYと混同して犯人として選んでしまった、と考える余地があるのである。

このようにして、本件の写真面割りにおいてTが誤って被告人の写真を犯人として選び出した可能性が皆無であるとはいい切れない。なお、写真面割りの一週間後に被告人本人の面通しが行われ、Tは容貌のみならず体型の点でも犯人と被告人とが同一であると確認しているが、既に犯人として選別した写真の本人を見るという先入観の影響は大きいと考えられるから、事後の面通しにより写真面割りでの過誤の可能性を完全に払拭できるとはいえない。そして、この理は、Tが証人として法廷で被告人と対面し犯人との同一性を再度確認していることについても、同様に当てはまるものである。さらに、遅ればせながら当審の法廷で、Tは、サングラスを掛けたYを見て、犯人とは違う旨証言しているけれども、既に被告人を犯人であると断言していることの影響があった可能性に思いを致すと、同証言をそのまま受け容れることは困難というべきである。

以上のとおり、T証言の信用性については、一方でこれを肯定させる有力な事情が存するが、他方でこれを減殺する方向の事情も見いだせる。ここで、もう一つの論点である被告人供述の信用性についての検討に移り、最後に、両者の信用性に関する検討結果を踏まえた総合的な判断を行うこととする。

3  被告人供述の信用性

被告人は、捜査段階から一貫して自分は犯人でないと否認し続けているところ、当審公判に至って、第二の窃盗未遂についてはアリバイを、第三の脅迫については真犯人が別にいる旨をそれぞれ主張するに至っている。そこで、右各主張ごとに被告人の当審公判での供述を中心に検討を進める。

最初のアリバイの主張に関し、被告人は、当審公判で次のように供述している。つまり、平成五年五月二九日は夜九時から一時間くらい日暮里のサウナ「サンセット」でマッサージを受け、そのままそこに宿泊して外出しなかったから、同月三〇日午前零時ころ行われた第二の犯行を自分は行っていない、というのである。当審取調べに係るマッサージ券及びマッサージ実績表の各写しによれば、被告人が二九日夜九時から右サウナでマッサージを受けた点については、確かな裏付けがあるといえる。しかしながら、当審取調べに係る司法警察員作成の平成六年一〇月一五日付け捜査報告書によると、右サウナはJR山手線の日暮里駅から徒歩で二分の近さにあり、同駅から地下鉄半蔵門線の水天宮前駅まで三〇分以内で行くことができると認められるから、マッサージが終了した後被告人が前記の第二の犯行時刻までに犯行場所である水天宮前駅に赴くことは十分可能であるということになる。したがって、証拠上アリバイを認めるには不十分であるといわざるを得ないが、右サウナを被告人は常宿にしていたと窺うことができ、マッサージの後にそのまま寝てしまうというのも自然な成り行きであると考えられるから、被告人の弁解はあながち排斥し難いというべきである。

次の脅迫の真犯人が別にいる旨の主張は、より重要な検討課題である。これにつき、被告人は、当審公判で次のように供述している。

(一)  第一の窃盗未遂の共犯者とされているYとは、同事件で逮捕されるまでに四、五回会ったことがある。初めて会ったのは平成五年の春ころであり、Yが自分の知り合いのAという男と一緒にいたことから面識を得た。

(二)  Aは、顔が猿によく似た男で、平成二、三年ころ、自分のパチンコの仲間に紹介されて知った。その仲間からAがすりをやっているということを聞いた。その後一度Aからすりの相棒にならないかと誘われたことがあったが、断った。

(三)  AやYと会ったのは、いつも地下鉄半蔵門線の電車や駅の中で、二人は一緒に行動していた。すりをやっているのだなと思っていたが、その現場を見たことはない。ほかに、Sという男がAらと一緒にいることもあった。

(四)  平成五年七月の七夕の夜、半蔵門線大手町駅のホームのベンチに座っていたら、A、Y、Sの三人が来て近くに座った。YがSに向かって「いつも俺達の邪魔をしている学生風の男がいる。その男を懲らしめてやったから、もう今度からは来ないだろう。」と話していた。その二、三日後の夜にも、大手町のサンケイ会館の食堂で、Aから同じ話を聞いた。

(五)  自分は、第三の脅迫の犯人ではない。猿顔のAと一緒にTを脅かしたのは、Yである。原審の公判で、Yの名前を出せなかったのは、第一の窃盗未遂の関係でYのことを知らないと言っていたためである。

以上の被告人供述のうちY、Aから脅迫の話を事後に直接聞いたという点は、被告人が他方ではY達との関わりをそれほど親密なものでないように述べていることとそぐわないし、しかもそれ自体やや唐突であって、虚構でないかという疑いがないわけではない。話を聞いた場所や相手方について、最終的には(四)のようにまとめることができるものの、その点の供述に変遷も見られる。しかし、被告人は、原審公判で既に、七夕の夜に猿顔の男達から脅迫の話を聞いたということを述べており、当審ではYやAの名前を挙げてより具体的に説明しているのであって、原審でYの名前を出せなかったことの理由を含め、弁解の全容が明らかになっていく過程は自然で納得がいくものであり、したがって、その弁解を全くの作り話であるとして排斥することには躊躇を覚える。以下では、当審で新たに取り調べた証拠等と照らし合わせながら、被告人供述の信用性を吟味することにする。

まず、真犯人であると名指されたYは、当審公判で証人として、本件の脅迫を行ったことも、それを被告人に話したこともないし、被害者のTも知らない、と証言している。もっとも、自分が平成五年四月ころから半蔵門線ですりを行っていたことをほぼ認めているし、すりの同業者が自分の縄張りに入って来た場合には排除行為に出るということも肯定している。また、猿顔のAという男についても、最初は知らないと述べながら、弁護人に追及されて知っていることを渋々認め、ただ、すりを一緒にしたことはないと強調している。このように、Y証言は、結論的には自分が本件脅迫の犯人であることを否定するものではあるが、半蔵門線ですりを行っていたことや縄張りを荒らす者を排除することなど、被告人供述に沿う部分もかなりある。そして、Aに関する供述に見られるように、証言は全体としてかなり防衛的であり、自分やAに不利な供述を避けようとする姿勢が強いように感じられる。

次に、証人Hに対する当審受命裁判官の尋問調書を見ると、同人は、YやAとの関係について次のように供述している。

(一)  自分は、横浜で飲み屋をやるかたわら、仮眠者狙いのすりをしていた。Yは、一〇年くらい前すり仲間の紹介で関西から自分を頼って上京して来て、その後一緒に総武線で仮眠者狙いのすりを行っていた。Yの結婚の仲人もしている。

(二)  すりの世界では、電車の路線ごとに縄張りが出来ている。総武線にいたとき、Yが他から入って来たすりを脅したことがあったし、その後も一度Yが同業者を脅したと聞いたことがある。

(三)  Aは、横浜の元やくざで、二〇年くらい前にすりに転業し、それ以来の古い知り合いである。顔は猿によく似ている。

(四)  自分は、平成二年一〇月からすりの罪による懲役一年八月の刑で服役し、満期出所後に山谷の旅館にいたYに世話になって同宿した。そのころ、山谷の商店街でAと出会った。知り合いの抱きつきすり専門のSという男と一緒にいて、Sは、刑務所から出てきたAの面倒を見ていると言っていた。

(五)  Yは、いつ頃からかははっきりしないが、地下鉄半蔵門線に行き始めた。半蔵門線では前からAがすりをしていたが、YはSと知り合いだったのでAと争いにならなかったのだと思う。自分は、半蔵門線に行ったことはないが、YからAと一緒に仮眠者狙いのすりをしていると聞いていた。なお、被告人のことは知らないし、見覚えもない。

以上のH証言については、同人が高齢で半身付随のため過去の行きがかりを捨てて事実を淡々と述べるような心境になっていることが窺われ、むしろ仲人をするなど親しい関係にあるYに対して不利になるような供述をしていることや、その供述内容が詳細かつ具体的であることなどの点に照らすと、同証言の信用性は一概に否定できない。そして前述のYの当審証言も併せ考えると、YとAは半蔵門線で一緒に仮眠者狙いのすりを行っていたものと認められ、また、Yがすりの邪魔をする者を脅迫する行為に出かねない人物であることも窺われる。そうすると、被告人の弁解どおり、本件で猿顔の男(これは通称Aであると認められる。)と一緒にTを脅したのは、被告人ではなくYであったのではないか、という疑念が生じるといわざるを得ない。

ところで、T証言によれば、犯人の脅迫文言の中には「俺は二〇年も(すりを)やっているんだ。」という言葉があったと認められる。この関係でYと被告人の各前科を見ると、被告人には、昭和四六年に上野駅の電話機の側に置かれたハンドバッグを窃取したことで懲役一年、四年間執行猶予に処されたことがあるほかは、昭和四八年の暴行による罰金の前科しかない。他方、Yは、傷害やわいせつ文書所持で各罰金に、覚せい剤使用で懲役刑にそれぞれ処せられたほか、昭和五二年、昭和五四年、平成元年の三回にわたり、いずれも電車内で仮眠者狙いのすりを働いたことにより(昭和五四年は他に覚せい剤使用もある。)懲役刑に処せられて服役しており、ことに最後の平成元年の前科は罪名が常習累犯窃盗となっている。このように、被告人には電車内でのすりの前科が見当たらないのに対し、Yは仮眠者狙いのすりの常習者であると認められ、その最初の処罰が本件より一六年前に遡ることに照らすと、「二〇年も(すりを)やっているんだ。」という言葉は被告人よりもYの方がはるかにそれを言うにふさわしいと考えられ、これも前記の疑念を強める事情ということができる。

これまでいろいろ吟味、検討してきたところによれば、第三の脅迫の犯人は被告人でなくYであったという被告人の弁解は、信用性なしとして軽々に排斥することができないというべきである。そして、T証言により、第二の窃盗未遂の犯人と第三の脅迫の犯人とが同一人物である可能性が高いと認められる以上、第二の窃盗未遂の犯人もYであった可能性をこれまた否定できないということになる。もっとも、Tは、捜査段階でYの写真をみて犯人でないと明言し、当審公判廷でY本人と対面した際も同旨の証言をしていることは前記2で述べたとおりであるが、そこで論じたように、Yの写真は眼鏡を掛けたものでなかったこと、当審段階ではすでに被告人を犯人であると確認したことの影響を免れないと考えられることに照らすと、この点に関するT証言によって、犯人がYであるという被告人の弁解を排斥することはできないといわなければならない(なお、通称Aは発見されていないので、同人の供述により被告人の弁解を吟味することはできない。)。

4  結論

以上のT証言および被告人供述の各信用性についての検討を要約すると、まず、T証言については、同証言による犯人の容貌等に関する特徴が被告人のそれと類似していることや、Tが犯人を各被害時に正確に観察したと考えられることなど、同証言の信用性を肯定させる有力な事情が一方に存するが、他方、三か月前後の時間の経過によりTの犯人についての記憶が減退し、変容した可能性があることや、写真面割りの過程でTが誤って被告人の写真を犯人として選び出した疑いがないとはいえないことなど、その信用性を減殺する事情も存する。次に、被告人供述については、第二の窃盗未遂についてのアリバイの弁解はあながち排斥し難いし、第三の脅迫の犯人(ひいては第二の窃盗未遂の犯人)が被告人でなくYである旨の弁解はそれ以上に排斥することが困難である。

これらを総合して考慮すると、第二および第三の各犯行について、被告人をその犯人と認めるには証拠上合理的な疑いが残り、犯罪の証明が十分でないといわざるを得ない。原判決は、Tの原審証言及び被告人の原審公判供述の各信用性の評価、判断を誤った結果、第二及び第三の各事実につき被告人を有罪としたというべきであって、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認が存する。この点で論旨は理由があり原判決は破棄を免れないところ、原判決は、第二及び第三の罪とその余の第一の罪とは刑法四五条前段の併合罪であるとして一個の刑を科しているので、結局全部を破棄すべきである。

三  破棄自判

よって、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書を適用して被告事件につき更に判決する。

(罪となるべき事実)

原判示第一の事実と同一であるから、これを引用する。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法六〇条、二四三条、二三五条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(一部無罪)

前記二項に記載のとおり、平成五年一一月一九日付け追起訴状記載の公訴事実(原判示第二及び同第三の各事実)については、犯罪の証明がないことに帰するから、刑訴法三三六条後段により被告人に対し無罪の言渡しをすべきものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神田忠治 裁判官 小出じゅん一 裁判官 飯田喜信)

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